ミステリー。123便
Posted at 06/08/17 PermaLink» Comment(0)» Trackback(0)»
≡ЯР≡たい。
1985年8月12日。日本航空史上、最悪の航空機事故。
乗客乗員を含め520人の死者を出したこの事故。歌手の坂本九さんが亡くなった事でも知られている。
とある本をきっかけにこの事故をネットで調べてみると出るわ出るわ。
何がって・・・事故の疑惑が。
何しろ挙げればキリが無いくらい胡散臭い。
当時の事故調査委員会が出した事故の原因や重要な証拠になるボイスレコーダーの捏造。
さらには、2000年に運輸省がこの事故に関する資料などを処分したりと怪しいことだらけ。
いくつか例を挙げてみると
・墜落時に自衛隊が仕切って救助隊を近づけないようにしている。(通常は、警察が仕切る)
・地元の目撃情報等により墜落現場が御巣鷹山だとハッキリしているのに防衛庁は、いつまでも他の山を墜落現場だと言い張っていた。
・事故後すぐに現地に急行した在日米軍に日本政府が救出活動の許可を与えなかった。
・生存者救出よりも先に自衛隊が事故現場から謎の物体をヘリで搬出していた。
・事故は、相模湾上空で起こっているのに事故調査委員会は、部品の回収をせずにいた。
・その後、遺族や航空関係者や学者の再三の調査要求で3ヶ月も経過してから調査を開始。
・発見された尾翼に衝突痕があった。
etc・・etc・・・。
そもそも事故調査委員会が発表した墜落原因の「金属疲労による圧力隔壁破壊」も4人の生存者の証言により矛盾が指摘されている。
さらにその4人の生存者の証言では、墜落直後は、まだ生存者がいたらしいが発表では、全員即死になっている。
墜落から救出までにかなりの無駄な時間を費やしている事を考えると全員、絶命するまで時間稼ぎしていたんじゃないだろうかとさえ思える。
当時、自衛隊が相模湾で新造艦のミサイル発射テストをしていたらしい。
その標的には、オレンジ色の無人ジェットを使用するそうだ。
墜落現場から発見された謎の金属片にオレンジ色の金属片があった。墜落したジャンボ機にこの色は、使用されていない。
遺族の人達は、さぞ無念だろう。腐った人間が政界やマスコミに相当入り込んでしまっているこの日本。良い方向にこの国が変われるように今後もネットに少しだけ期待していきたいと思う。